ケイデン

八戸市伊藤歯科院長のブログです

カテゴリ: 昔ばなし

お盆の季節が来た、私は二つのお墓を持っている
一つは青森市もう一つは八戸市、厳密に言うと八戸市のお寺では檀家になっているが青森市のお墓のお寺の檀家にはなっていない
父が亡くなる年の初めに長い間青森市の自宅は閉鎖されご仏壇のご先祖様には申し訳ない状態が続いていた
近くに住む叔父の仏壇に法名軸(位牌)を預かってもらう話になった、叔父と父は長年険悪な間柄にはなっていたが、父をなんとか説得してそういうことになった
ご先祖様が怒ったのかその半年後父は癌で亡くなったのだが、亡くなる少し前に生前法名をもらいにお寺に行ったら「おたくさんはうちの檀家ではありませんから生前法名はあげられません」変なこと言うなーと思った「私のところは何十年も前から檀家ですが・・」
叔父が勝手に檀家の代表名を父から自分の名前に変えていたのだった
ぶん殴りたい気持ちを抑え叔父の所に行ってお墓はあげますから法名軸と過去帳を渡してください、そうすれば水に流します
その後父の葬儀は青森のお寺と同じ宗派の八戸のお寺に頼みこちらにお墓を作り父を埋葬した
が、その後約束は守られず仕方なく新しく法名軸と過去帳をこちらで作ってもらった
私は長男の長男で小さい時から「お前はお墓を守るんだよ」と育てられてきた
法事の時なども座る席は祖父、父、私、その下座に叔父という順番で行われた封建色が強い家風だった
それがこんな状態になってしまった、青森のお墓にはご先祖様には申し訳ないがお盆の後にお参りに行くことにしている
お盆を取り仕切る権利はお寺の檀家代表のものだから・・

昨日は七夕でした
私にとっては亡くなった父が7時間による癌摘出手術を行った日として一生記憶に残ることでしょう
父にとっては生涯最後での壮絶な体験だったと思います
茨城に行っていた父は5月に体調が優れず病院での診断の結果悪性の癌が進行している事が判明しました
今から考えるとこの時点で手遅れでした、手術でかなりの内臓を摘出、丁度司会者の逸見政孝さんと同様余命は僅かだったと思います
それを大事にすれば2年の寿命と医師から宣告された、いや医師にそう言わせた人物がいて、我々も本人もそれを信じていました
八戸に帰ってからまもなく状態が悪化した時に「いったい2年も生きるって誰が言ったんですか」診た医師から言われました
父が亡くなってからは遺産相続などに始まってこの4年間は苦労の連続でした
遺言の半分の事項は無効でした、そのまま相続をすると私は破産しなければなりません
相続破棄も考えましたが、ご先祖が悲しむと思い争うことにしました
人間は死んでからその人の評価が決まると思います
4年間苦労をかけさせられた結果父に対する感謝の念が薄れてしまいました
歯医者にしてもらいながらそんな台詞は言えないのですが、もう少し年月が経てば感謝の気持ちが湧いてくると思います
もう一度言います・・・「人間は死んでからその評価が決まる」

今から五十年ほど前の結婚式の写真です

前列向かって右から2番目の利口そうな子供が私です
他界された方が多く父母お祖父さんお祖母さんなつかしい顔です
その主役の一人である、このとき新郎だった叔父も昨年他界しました
ちなみに新郎の叔父は母の弟で新婦は父の妹です
兄弟を交換した訳です

このページのトップヘ